父・母・3人の兄
どうもボディビルの話が専門的になりすぎたかもしれません。確かにボディビルという競技はスポーツではないなどという人もいます。ですから、単純に筋力トレーニングでもいいのです。そもそもボディビルは若い時代、そうですね20代では体が中々良くならない、つまり30代や40代でやったほうが効果が上がるものなのです。でも、100人がボディビルを始めても、半年続く人はそのうちの半分、1年後に残るのは1割程度。なにしろ、続けるのは難しいようです。でも
人間の体は鍛えればいくらでも順応していきます。もう年だからなどと、考えるのは、自分勝手な既成概念であると私は思っています。年齢はないのです。
私が思うに、筋肉がついていく楽しみは確かにあるのですが、それよりは長い目でみて生活に入ってくるまで続け、疲れなくなったり病気をしなくなったり(病気にかかっても大したことがなくなったり)する方が大切です。競技でやるボディビルも結構ですが、それよりは
各種目で無理をしないで、比較的軽い重量で全身を万遍なく鍛えること。これが大事です。大体トレーニングをやっている内にどうしても種目が偏ってきますから、特に年配の方はみんな偏りがちです。腕だけダンベルやったりとかね。ただし腹筋と背筋は毎日でもやるほうがいいですね。
さて今回は少し私のプロフィール的なことをお話しようと思います。私の生まれは
台湾の高尾です。上に兄が3人います。父は貿易関係の仕事をしていて、当時は香港を初め、あちこち飛び回っていたので父とほとんど生活していないんです。私は台湾から引き上げてきたのは昭和22年、7歳くらいですが、少しだけ祖父の実家の熊本にいて、その後下関に移り19歳まで住みました。中学校・高校は下関ですが、そういえば高校時代の同級に俳優の
細川俊之がいました。
上に兄が3人いるのですが結構年が離れているので一緒に遊んだ記憶はあまりないです。一番上の兄は船員でギリシャの船に乗ったり、二番目の兄も船乗りで、捕鯨で南極行ったりしてました。当時は
李承晩ラインといって、韓国が決めた
漁業境界線があったのですが、兄は韓国側に拿捕されたりもしました。私の柔道は、この2番目の兄の影響が大きいですね。家では全く勉強しろとか言われた記憶はないです。まあ1番下でもあったからでしょうか?放任主義というか、1日中外で遊びまわっていました。父が滅多に家にいないせいでしょうか、大陸的で大らかな性格の母の言葉が幾つか私の脳裏に焼きついています。非常に変わった面白い女性でしたね。
私は結果的にこの年まで
男やもめで来てしまいましたが、母が私にいつも言っていたのは
「自分の好きな事をやりたかったら結婚してはいけない」というのがありました。何でこんな事を言ったのでしょう?家庭を持ったら、好きな事をやるのは抑えなければダメだという意味でしょうか。別に私は特別好きで一人でいる訳でもないのですが、どうも影響は受けてますね。兄たちは皆、結婚して家庭を持っているのですが、私ははたから見ていて、煩わしくないかなと思うときもありますね。家族がいると、義務も増えますし。あと母の言葉で覚えているのは
「金持ちになったら本当のいい友達は出来ない」とか
「人を嫌っちゃダメよ」とか、何かユニークなもの言いでしたね。
江川卓さんが
「人間つきあって見なければ分からない」などと言っていますがこれもその通りですね。
思うに
「最後は健康」とか
「年を取ってからの健康が最高」などの考え方は、この母の影響が大きいかもしれないと思います。楽しく生きなければ意味はないし、それなら何歳まで生きよう、ではなくて
元気でやりたいことを全部やって思い残すことがなければそれでOK、というのがベストではないでしょうか。
道元の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」にありますが、
先のことを考えるな、今を一生懸命生きなさいという教え、難しいですがあれは素晴らしい本だと思います。別に宗教を信じているというよりは、そういう本を読むのが好きなんです。昔は聖書も読みましたし仏教も面白いです。あと中国の古典
「菜根譚(さいこんたん)」も大好きです。名作ですね。
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