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僕は古本屋のオヤジ~長野県伊那市・高遠町を本の町に・・・ - 趣味遊遊

北尾トロさん(きたお とろ)プロフィール
きたおとろ(=ペンネーム、本名は伊藤秀樹) 1958年(昭和33年)九州・福岡県生まれ。現在は東京都国分寺市に在住。職業はノンフィクション・ライター。
高校時代に上京、法政大学卒業後、就職活動をするも、気合なくフリーター稼業を点々とする。編集プロダクションでのアルバイトを経て、20代半ばからフリーライターとして活動を開始する。
1999年にオンライン古本屋「杉並北尾堂」を開業、古本屋業に踏み込む。また今年5月からは*長野県伊那市高遠町にカフェ&古本屋の「本の家」を開業。
主な著作「ぼくはオンライン古本屋のおやじさん (ちくま文庫) 」「裁判長!ここは懲役4年でどうすか (文春文庫) 」ほか多数。

(長野県高遠の「本の家」)

「伊那市・高遠町(たかとおちょう)」アクセス
<車>中央道伊那I.C.から高遠方面、約20分
<電車>飯田線伊那市駅または伊那北駅より高遠方面行きバス、約20分
<高速バス>東京方面から新宿駅新南口より高遠直通高速バスあり
(1日3便~3時間45分)

フリーライターのお仕事、オンライン書店「杉並北尾堂」

プロフィールの所で書きましたが、俺はノンフィクション・ライターです。生まれは福岡ですが、オヤジの仕事の関係で高校生の途中から東京に来ました。でも19歳でオヤジは亡くなりました。大学卒業後は、普通に就職活動をしてたんです。新聞広告で初めの面接受けて、「世界文化社」だったかな、確かその関連会社みたいなところでルート・セールス~つまり飛び込み営業じゃない~から楽だよ、と説明受けて入社しました。その就職先は研修初日の昼休みでイヤになって辞めました。つまんなそうだったし、親をだます為の就職だったので。以来会社に勤めたことは一度もないですね。

就職先なんて、何でもよかったんです。なにしろ、就職なんて元々したくなかったわけですから。就活した理由は、当時母が福岡に戻っていて、就職しないなら店を手伝えと言われていて、とまあよくある話です。母方の実家は、和菓子屋なんです。会社を辞めた後も親には内緒で「会社入ったよ」とウソついていたのですが、夏帰省した時に母親から見事に見透かされてました。「あんた、会社辞めてるでしょ・・・」大当たり!まあほとんど入社してないけど(笑)


会社を飛び出してからは、編集プロダクションに3ヶ月バイトしたり、地下鉄の地盤沈下測定のバイトしたり(これは大学時代からやっていた週給制のバイトでした)、当時は家がなくて先輩の家に居候したり、フリーター時代がしばらく続きます。実はこの先輩もライターでしたが、「ブラブラしてるなら、何か書いてみれば」そんな感じで紹介してもらったのです。編プロ時代は週刊プレイボーイとかHot Dog Press(懐かしいね!)とか有名雑誌もやりましたよ、すぐ辞めたけど。

ライターとして何となく少々安定してきたのは、30歳くらいかな。本を書いたのは案外早くて、「サラブレッドファン倶楽部」という競馬入門書を26歳のときに当時は本名で書いてたのですが、この本は古本屋でも多分見つからないと思います。競馬は大学生時代から毎週、府中(競馬場)に出入りしていました。ギャンブルでは阿佐田哲也さんが大好きで、麻雀も良くやりました。世間的にみると大変貧しい時代ではありました。

ところでどうしてペンネームを「北尾トロ」にしたかというと説明するのも恥ずかしいくらいで、意味はないんですよ。その頃スキー雑誌に記事を書いてたのですが1ページ空きがでて、結局それも俺が書くことになったのですが、同じ名前じゃまずいと担当編集者に言われたわけです。「何かペンネーム適当につけてよ」といわれ、当時相撲取りの北尾(その後横綱「双羽黒」~辞めてレスラーになった)が好きだったんで、北尾にしました。あとは「急に原稿頼んで悪いな、じゃあ寿司取ってやるよ」とおごってもらった記憶があってトロとつけた、というような具合で、サザエさんみたいでいいかなと。その後は本名と併用して「北尾トロ」はふざけた事を書く時に使い捨て感覚で使ってました。ところが人に会うたびに「この人はどっちで挨拶したっけ?」ということで、あ~面倒臭い!と統一したんです。それだけ!

俺はライターとして、ノンフィクションについてはヤクザさんから風俗まで結構色々な世界に取材してますけど、スポーツには向いていなかった。自分のスポーツ経験が、高校の部活で剣道をちょこっとで貧弱なせいもあるけど。例えばスポーツ歴が豊富なライターなら、テニス選手を取材する時「流れを変えたのはあの第3セット第10ゲームのあのボールでしょ」とか何とか、そういう感性で質問出来ると思うんです。そうすると選手の方も「おっ!こいつわかってんじゃん」ということで話は弾むでしょ。でも俺はムリ。スポーツの感性が決定的に欠けてるんだね。「勝ってよかったね、おめでとう」みたいな事しか言えない。


▲「東京ゴミ袋」/瀬戸山玄
その当時、すごく影響を受けた著書があるんでご紹介します。瀬戸山玄(せとやま・ふかし)さんの著書「東京ゴミ袋」(文藝春秋)です。昔『写真時代』という雑誌に連載していた、写真&エッセイです。「こんな人いるんだ!こういう事やりたかったけどやられちゃったな」という衝撃だったです。内容は、様々な地点・人種のゴミをあさって検証するもので、例えばマックのゴミ、ホステスさんのゴミ、(シーズン終わりの)苗場スキー場のゴミを拾って並べて、「一体なんでこうなの?」という感じでゴミから人間や生活を透かし見るのです。この本にはショックを受けました。俺もスキー雑誌に記事を書いているくせに、スキー場を見る眼が全然違う!この本は今までなら絶対に誰もやらない、誰も考えない視点が非常に刺激的だった。ああ俺もこれ以上スポーツ雑誌で書いてちゃダメだと(笑)思ったわけですね。

さて、ネット古本屋のお話に移ります。オンライン古本屋の「杉並北尾堂」をオープンしたのは、1999年10月です。開店した頃は、まだネット書店が「自分のお店」として、儲けなどはあまり関係なく楽しく出来た時代だったですね。趣味的な店舗不要の本屋さんというイメージで。ところが時代が進み、今はアマゾンが古本のオンライン書店に進出すると、書店の個性など全く関係なく機械的に物量の中から安い順に表示されます。薄利多売ですから、まあほとんどのお客さんは安いほうを買うわけです、当然だけどね。プロアマ問わず自分の店(商品)をアマゾンに参加させると、結局自分の店には客は来なくなります。個性を買ってくれと言っても通らなくなるんです。俺はそういう方法とは、勝負する気はないですね。古本屋は大好きな商売だけど、好きだからこそ儲けた損したとかに必死になりたくないんだよ、って感じですか。

当時はサイトの作り方も全くわからないままスタートしたので、メールでの注文受け、在庫確認・返信、梱包、発送、苦情処理など、とにかく全部一人でやっていた。それでも全然辛くなかったし、お客さんからページのアドバイスをもらったりなどのメールのやり取りもあって、楽しい仕事だった。お客さんから依頼があって、自宅に出向いて古本の値付けをする時は今でも楽しいね。でもさすがに、高遠で古本屋の店舗を持って、東京と長野を往復しつつ、ライター稼業の2足のわらじ状態に、プラスしてオンライン書店はさすがに許容量を超えて、現在は休業中です。う~ん、再開できるかといえば・・・しばらくはムリかな。古本の在庫も、かなり部分をこの高遠に運び込んでいて、軸足を移しちゃったからね。明らかに高遠では置きたくない(というより置けない)「SMスナイパー」などの特殊本は残っているけど。それにアマゾンのおかげで(アマゾンは悪くないです)、古本業者が目先の小銭を欲しがり、結果ネット古書店の楽しさが減っちゃったんだよ。だから俺のなかではネット古書店については、役割は終わったかな、と思ってる。町作りのほうがはるかに面白くなっちゃった。


続きを読む⇒自分の仮想イメージ(枠)に理由なんかない!

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