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池田精孝さん 写真を撮り続けて~旧満州への想い - 趣味遊遊

池田精孝さん(いけだ きよたか)プロフィール
大正13年(1924) 長野県下伊那郡高森町生まれ。
飯田中学校を卒業後、満州国立佳木斯(じゃむす)医科大学卒業昭和22年より
大鹿村診療所勤務。31年より東京、慈恵医科大学内科勤務。41年から東京調布市で
池田内科医院を開業。医学博士。現在は調布市で内科医院を営みつつ、故郷である
長野県下伊那郡の大鹿村歌舞伎の撮影&写真展示会や、「旧満州を調査記録する会」の
活動として毎年、中国・三江省開拓団現地や桂木斯(じゃむす)市の「児童福利院」を
訪ねたりして多忙な日々を送っている。

84歳で現役医師&カメラとの出会い


私は今年7月で84歳になります。われながら、よく生きたとおもいます 医者になったのは20代の前半だからもう60年以上になりますね。
でもじつは国家試験受けていないんです。試験を受けないで医師免許を持ってる人は、もうあまりいないんじゃないですか(笑)。どうしてかというとつまり戦争の影響なんですよ終戦の時、私は満州にいて大学の卒業試験を正に受けるところだったんですが、結局はできなかったのです。

その日、8月9日にソ連が参戦した日の事は忘れられません。このお話はまた改めていたします。

しかし、60年も医者をやっているといろんな事がありますよ。
私は昭和31年から34年まで日活の診療所にも通いましたが、吉永小百合さんも当時診察しましたね。
まだ小学生だったのかな。どうだったかって?まあ一応医者ですから、あまり詳しくはね(笑)お話できないですよ。


あとは高橋英樹さんや赤木圭一郎くんはよく親しくしました。赤木くんは事故に遭ったとき、当時私が勤務していた慈恵医大病院に運ばれてきましたから。
彼は本当に真面目な子でしたよ。仕事が忙しいと何もしゃべれなくなっちゃうんです。そうすると撮影所から電話掛かってきて「池田先生、赤木くんそっちにやるから頼むね」。別にどこも悪くないんですよ、僕と話していると治るんです。
真面目だったんでしょうね。それが事故で死んでしまって、本当に可哀想だったね。
高橋さんも立派になりました。ゆっくり一回お会いしたい人です。石原裕ちゃんも良く付き合いました。

私はいまでも現役の開業医ですよ。この池田内科医院(調布市)は昭和41年からですから、もう40年以上ですね。だいたい木曜とか日曜は不定期で休みますが、看護婦さんと事務員の3人でやってます。あまりピカピカの最新機械とかはないですけど、まあこういう場所が落ち着くと言ってくださる患者さんもいるんです。

ところで長年の趣味の写真の話をしなくてはいけませんね。
先月、このコーナーに登場した大鹿村の北村さんとは村歌舞伎を通じて長いお付き合いですが、写真はこれと深く関連しています。私は長野県下伊那郡の高森町の生まれなのですが、大鹿村とのお付き合いは昭和57年、東京新橋のヤクルトホールで大鹿村歌舞伎公演の写真を撮り出したのが最初です。


▲作品
平成4年に「大鹿歌舞伎」という写真集も出版しましたが(信濃毎日新聞社)、この写真集は私としてはかなり愛着もありますし、大変貴重なものと自負しています。
最近、大鹿村歌舞伎の撮影は4~5年休んでいましたが、今年の5月はまたカメラを抱えて行こうと思っているんです。暫く行かないと忘れちゃうからね。それとシャッターチャンスを意識的に変えてみようかと考えているんです。

カメラのきっかけは中学2年生頃でしょうか。戦前ですからカメラもまだ珍しい時代でしたが、同級生にカメラを持っている奴がいたんですよ。塩沢君だったかな?金持ちだったね彼の家は。二眼だったのは覚えてますが・・・ローライだったかミノルタだったか・・・もう忘れました。たまにそのカメラを借りてね、村の青年団みたいに15~6人で山へキャンプに行ったりして、仲間や風景を撮っていたんです。
でもその当時の写真は探してもどこにもないんですよ。本当は女の子を撮りたかったけど、当時はバンカラでしたから女学生を撮ったりしたら停学になっちゃうんで(笑)


▲写真集「大鹿歌舞伎」
あとは村祭りも楽しかった思い出です。村歌舞伎もそうですけど、昔はそういう催しものが楽しかったです。
あまり村外の人はいなかったから、歌舞伎では「下手くそ~」とか野次は飛びまくる、家庭ではおじいちゃんが唸り、おばあちゃんが三味を弾く。何か村全体が芝居小屋みたいな雰囲気でした。なんとなく潤いのあった時代でした。

ここでひとつお断りしておきたいのは、私のカメラの趣味なんて全然本格的じゃないって事です。自分で現像したりプリントしたりはしませんでしたし、あくまでもカメラ抱えて好きなものを追いかけていただけなんです。
それでもやっぱり長くやっていて思うのは、カメラは好きだった女性とよく似ているという事です。
惚れこまないとダメなんですよ。
今でこそ私もデジタルカメラを使うようになりましたが、最近の人はすぐ撮ったものを消すでしょう。どうしてでしょうかね?私は納得いかないんです。私は自分が納得しないとシャッターは押しませんし、撮った写真を消すのが嫌いなんです。消すなら撮るなよと思う。

カメラの趣味は中学卒業後、満州行きでしばらく中断します。いよいよ終戦を経験するのですが、このお話は次回にいたしましょう。


続きを読む⇒満州の想い出

 
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