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北村尚幸さん 村歌舞伎の保存と伝承&美しい村を目指して - 趣味遊遊

北村尚幸さん(きたむら ひさゆき)プロフィール
きたむらひさゆき 昭和35年(1960年)長野県下伊那郡・大鹿村生まれ。
高校を卒業後は奈良での刀鍛冶修行時代をへて20代前半に故郷へ戻り、以来、大鹿村在住。
大鹿村役場の広報などを経て、現在は大鹿村の教育委員会・事務局に所属。
また大鹿歌舞伎保存会にも所属し、村の伝統芸能である大鹿歌舞伎の保存・育成・広報活動に忙しい毎日。

(「大鹿村役場HP」)



大鹿村、村歌舞伎 概略

私は産まれも育ちも大鹿村(おおしかむら)です。小さな村ですよ。全体で1200人位でしょうか。場所は長野県の南アルプスのふもと(通称、伊那谷)で電車はありません。
村に入るには、豊橋から電車(飯田線)で伊那大島という駅で降り、そこからバスかタクシーで40分くらい山間を入ります。
車なら中央自動車道で諏訪と名古屋の間に松川インターチェンジ(東京から高速バスで3時間半)がありますので、そこで降りてやはり車で45分くらいかかって村に着きます。



村には信号はないし、コンビ二もありません。多少閉鎖された空間ではありますが、素朴で景色は美しいし、村の人たちはとても親切ですよ。
実は2005年にスタートした「日本で最も美しい村」連合というものがあるのですが、現在11の町村が加盟していて、大鹿村はその一つでもあります。

私は学校卒業後奈良で暮らしていたのですが、20代前半で村に戻り役場勤務をスタートしました。実は本格的に村歌舞伎を体験したのはその時が最初です。
大鹿歌舞伎とは地芝居のひとつで、江戸時代から続く伝統的な村歌舞伎のことです。大鹿村ではその村歌舞伎が絶えることなく受け継がれています。
地芝居というのは、元々は地元の氏神様に奉納するために生まれたもので、お祭りを皆でお祝するための農村の余興・娯楽です。
こうした奉納芝居というのは、生活と密着した芸能(豊作祈願)、神社のお祭りのため誕生した歌舞伎芝居なのです。
江戸時代にさかんになった歌舞伎が全国で行なわれるようになり、現在でも200以上の地芝居団体があります。その中で大鹿歌舞伎は地芝居の原型を最も残しています。
平成8年には全国で始めて「国選択無形民俗文化財」となりました。


▲大磧神社舞台

大鹿村では神社やお堂の境内13箇所に芝居専用の舞台がありましたが、残っているのは7箇所です。
現在は、春(5月)と秋(10月)の年2回、定期公演を行なっています*。2幕ずつの演目で、舞台に使用するのは村内にある大磧(たいせき)神社と市場神社です。
両方とも間口六間、奥行き四間の舞台で、回り舞台もある本格的なものです。
*今年の公演は春公演;5月3日 正午より大磧神社、秋公演;10月第三日曜日 正午より市場神社

私は村に戻ったのは役場の仕事をするようにいわれたのがきっかけですが、その時に大鹿歌舞伎の魅力に触れ「ああ、自分もこれをやりたい」と思いました。
そこから私の村歌舞伎修行がスタートします。子供のころから見てはいたのですが、大人になって初めて気がつく魅力というのもあるのですね。

▲師匠の竹本登太夫と北村さん
当時は村歌舞伎が少し廃れ気味の頃でした。村歌舞伎は保存会はありましたが定期公演はなく奉納芝居の段階でした。
当時、私の師匠である浄瑠璃弾き語りの竹本登太夫(片桐登さん~80歳)が後継者がいない、と嘆いていたのです。
忘れもしない昭和63年の元旦。たまたま役場の仕事で師匠にお会いして「義太夫を教えてください」と直談判したのです。
最初は舞台の演じ手というよりは、師匠の芸を見て浄瑠璃の弾き語りがやりたい、と思っていたんです。でも師匠から
「芸は盗むものだから、語りは(歌舞伎を)やりながら学びなさい。とりあえずは役者をやれ・・・」と言われて、まずは舞台に立つことから始めました。
それから10年くらいは役者の修行をしました。役者などやったこともないので、見よう見まねで所作(動き)やせりふを覚えました。
平行して語りの修行もやっていましたが、やっと一幕語れるようになったのは平成7年くらいですね。

ここで少し、いわゆる普通の歌舞伎と村歌舞伎はどこが違うのか、という事についてお話しようと思います。



▲市場神社舞台
普通の歌舞伎、私たちは大歌舞伎といっていますが、それは例えば歌舞伎座(銀座)・国立劇場(大阪)・南座(京都)など大きな舞台で大掛かりに美しく
演じられるものです。そこでは芸の質が追及されますし、見ている人にも様々なルール(掛け声とか、飲食制限とか)もあるでしょう。
村歌舞伎は少し違います。村歌舞伎は芸の質そのものよりは、村人の生活の楽しみであり心の拠り所であり役者と観客のコミュニケーションがはるかに濃密です。
舞台と客席が近いのですね。

だから結構自由なんですよ、村の芸能ですから。例えば大鹿歌舞伎は神社の舞台、つまり野外公演ですから当然観客はみんなタダ(無料)。
鑑賞しながらお酒や弁当食べるのもOK。役者も女形(おやま)だけじゃなくて女性でもOK。戦争中は男手がいなくなりましたから、うるさく言ったら出来なかったですから。
そんな訳で江戸時代や明治期の<歌舞伎上演の禁令>などの圧力にも屈せず生き残ってきました。
あと歌舞伎には世話物(ホームドラマとか恋愛もの)と時代物(歴史上の事件が題材)がありますが、大鹿歌舞伎はほとんどが時代物です。
ちなみに山形県酒田市の黒森歌舞伎のように(2月中旬の野外公演のせいもありますが)役者が男ONLYの村歌舞伎もあります。

見物は、皆タダですよ。だって神社の野外公演ですから。割と有名になった今でも年2回の定期公演は皆タダです。最近は観光客も増えて、村の人は
歌舞伎見物にちょっと腰が引けてきました(笑)観客も知らない人がいるので、緊張しているってことでしょうか。
まあ聞くところでは、例えば島根県の村雲座という地歌舞伎では町のホールを使って3000円程度の
入場料を取ってやっているそうです。大鹿でも多少議論はありますが、今の所はOPENですね。

実はこの大鹿村の村歌舞伎を題材にした映画が撮影されたんです。「Beauty (ビューティー)~うつくしいもの~」というタイトルの映画です。
一昨年から昨年5月まで大鹿村でもロケをしたので、村では全面的に応援しています。片岡孝太郎、片岡愛之助さんや麻生久美子さん、井川比佐志さんなどが出演されてます。
実はこの映画のロケの時に片岡仁左衛門さんが村にいらっしゃって、大鹿歌舞伎をご見学されました。地芝居の素朴な魅力に関心されていましたよ。

※映画「Beauty (ビューティー)~うつくしいもの~」詳細情報を見る

これは少々自慢ですが、大鹿歌舞伎の主な演目は約20幕くらいあるのですが、その中には大鹿村にのみ伝わる
「六千両後日之文章 重忠館の段(ろくせんりょうごじつのぶんしょう しげただやかたのだん)」(→TOP写真)などもあります。
これは平成12年3月に地芝居としては初めて国立劇場(大阪府)で上演しました。
また大鹿歌舞伎は海外でもオーストリアやドイツ公演の実績があります。こうしてみると、結構本格的って感じがしませんか。

続きを読む⇒大鹿歌舞伎保存会の苦労~美しい村とは

 
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