ひとりで沖縄ロングクルージング
ここで、今年一番のトピックスの話をします。今年初めて‘あうん’に乗って初めて1人で沖縄クルーズに行って来た。
もうドキドキしながら行ったんだ。
大変なことも沢山あったけど、
嬉しいことも多くてエキサイティングで・・・行ってよかった!
正確には4/20 に三浦半島の三崎港を出港。沖縄の宜野湾に着いたのが7/5。その後は復路でメンテナンスのために名古屋港に着いたのが8/14だからほぼ4ヶ月。基本はシングルハンド(1人)の航海。でも娘が作ってくれたブログに書き込みをしたり、仲間が途中途中で乗り込んだりで、一人旅の感じはしなかった。
天気の関係で決められた日時に港につけないこともあって、応援してくれた仲間に迷惑をかけながらの
旅でした。段々遠くなるにつれて
飛行機で飛んできてくれた仲間には感謝感激です。
全部で40余箇所の港に入ったけど。いや~それは楽しかった。何が楽しかったって港に入るたびに
初めての人達との出会いがあったこと。
今回初めてホームポート以外で台風に遭った。今年の夏に来たでしょ、台風4号と5号。4号の時は沖縄本島にもろに来て、その時ちょうど沖縄の宜野湾でストライク!
それから帰るときもトカラ列島あたりから・・・・もう大変だった。波が高くなってくるし!やっとのことで高知の
土佐清水港に逃げ込んで、今度は5号にぶち当たった。
もちろん台風の時には事前に情報を取って動かないようにするんだけど。天気は予想に反することも
あるからね。不思議なもので人間って慣れて来ると普通では考えられない揺れの中でも寝ることが出来る。
でも、
ハッチを締め切った船の中はサウナ風呂。これだけでもダイエット効果充分(笑)
*トカラ列島;屋久島と奄美大島の間にある島々。鹿児島県に区分される。

▲沖縄クルーズ航行図
どうして沖縄だったのか。ひとつには若い頃の記憶も影響していると思う。
まだ学生の頃、1960年くらいだったけど、お金がなかったのでテント抱えて沖縄に旅行に行ったんだよ。
当然、本土復帰前だからパスポート持参で。
当時は戦後まだ15年くらいでしょ、基地の問題やその他の問題を抱えて沖縄はホントに激動の時代だった。
友達と本島を北から南まであちこち回った。回れば回るほど沖縄に影響を受けて、いろいろ考えた時期だった。
沖縄の復興の為に何かしなきゃいけないんじゃないか、とか。若気の至りかな・・・・。
帰ってきてから
沖縄タイムスと琉球新報(新聞社)に就職試験を受けさせてくれと頼んだけどもろに断られたこともあった。
その後、何度か沖縄には行ったけど、たまたま法律が改正されて、今の装備で行けるようになった。
そこで今度は自分のヨットで行こうと!
今回の計画は朝に港を出て明るいうちに次の港へ、という行程の繰り返しだったんです。
初めての港で夜中に進入するのは危険極まりないからね。
1回の航程<港→港>で28時間かかることもあった。夏場は霧が発生しやすく目視出来ないこともしばしばだから、常にGPSで船の位置を確認しなくちゃならない。
港というのは基本的には皆のもの。だから、誰でも受け入れてくれるんです。
でも
実際は港の状況ははいろいろだね。
本来は
入港する前に連絡を取って許可を求めるのがマナーなんだろうけど、そうすると結構断られちゃうんだよね。荒れた天候や台風から避難する場合とかは別だけど。
面積の問題もあるけど、要は港側も
「何かあったらいけない」と思うのかな、日本的だよね。漁協に電話したら
「港は港湾局の管轄だからそっちに連絡して」とか言われたり。
これは微妙な部分だけど、
港にも種類があって、地元の漁船だけの港の場合もある。
そうするとこっちみたいな
遊びの船が入港することを好まない場合もある。
でも今回の沖縄クルージングではどこも気持ちよく泊めさせてくれた。
南に行けば行くほど大らかというか、
親切で毎日感謝感謝の連続。
まあ漁業で生計立てている人は、あまりちゃらちゃらした態度だと良くは思わないのは当然だよね。
その辺はちゃんとヨットに乗る一人として、模範になるよう対応しましたよ。
4ヶ月もの間、気分が悪かったり、腹立たしいことは一度もなかった。
態度っていえば、例えば
ゴミの事なんかは深刻です。
基本的にはゴミは持ち帰るのが原則、とはいっても航海が何ヶ月とかになるとそういう訳にもいかない。だから今回僕は正攻法でやった。ゴミ処理をどうしてもやらなければならない時には
「ゴミを捨てるところがありますか?」って相談したの。
そしたらみんな気持ちよく対応してくれた。分類とかも地域で違ってたりするしね。それでも離島とかだとゴミ置くと悪いじゃない。だから小さい港ではなるべくゴミを出さない工夫もしたよ。
港に入ると食材調達するけど、
ペットボトルとかプラスチックはなるべく買わないとか、その工夫が結構楽しい。
港の受け入れ態勢といえば、先輩のアドバイスで
「横断幕」を作って沖縄クルーズに持っていったんだ。
港に入港する時に港の人達に
「何だ、この船は?」という警戒心を少しでも解いた方がいいかな、と思って作ったんだよ。
‘あうん’が5歳になったので「5th Anniversary crusing 本州→四国→九州→トカラ→沖縄 海の旅」とカメ・クジラ・イルカの絵なんかも描いてね。
そしたら、全然効果がなかったんだよね。というか
そんなものは必要ないということが良くわかった。
そんなものなくても皆十分親切にしてくれたんだよ。だから横断幕は2回で辞めた!(笑)

▲相模湾海図
今回のクルージングで徹夜も9回くらいした。
「Over Night(オーバーナイト)」って言うんだけど、月の光や星がきれいなんだよねえ。夜光虫が両舷で光るのも素晴らしい。
時々、
イルカの大群に会うことがあるんだけど、その大群が
夜間航海で伴走してくれた。夜光虫を光らせて・・・・。
初めはシングルハンドの夜の航行はイヤだったんだけど、段々度胸がついてきたというか。夏の夜の航海は涼しくて快適そのもの。午後出港して翌朝入港のパターン。万一、時間がかかっても余裕がある。
それで港に着いて、整理整頓が済んで、キャビンで1杯やるときが至福の瞬間だね!
1人でもいいし、出会った人達と飲むのもいい。
とにかくこの沖縄クルーズでまず感じたのは、みんな親切だったということ。
知らない人に何でそれだけ出来るの?とビックリした経験が山ほどあった。
旅行で立ち寄った人、釣り人、漁師さん、民宿のおばちゃん・・・皆親切だった。漁師さんがお魚をくれたり、見ず知らずの人が車で案内してくれたり、係留を手伝ってくれたり・・・
親切にされると、人を好きになっちゃう。日本人って素晴らしいと実感した旅でもあったんだ。
こんな事もあった。復路の
土佐清水港で台風に出くわした時に避難のために場所を探していた。たまたま本港の隣の小さな港に避難場所を見つけた。
入港した時、隣の漁師さんが明日の朝、台風対策をやるからロープを200m持っているかと聞かれたので持っているロープを渡したんだ。僕はゲストなので当然率先して手伝うのがマナー。揺れまくる船で寝ていて、朝方時々ハッチから外を見ていた。うとうとして、ハッと気がついて起きたら、岸壁で漁師さんたちが懸命に台風対策をやっている。
大慌てでカッパを着て外に出たときには後の祭り。船に僕がいないと思ったんだろう。既に僕の船は対策が打たれていて、船先が岸から3mも離れている。
陸に上がろうにも上がれない。漁師さん達は防波堤に並んで笑ってた。御礼をいったら、
「お互い様でしょ」って。驚いたねあの時は、涙がでるほど嬉しかった!
岸壁に上がって僕のロープを見たら、
ロープが岸壁に摺れないように太いホースが巻いてあった。
そんなことは自分でやらなければならないこと。いくら感謝してもしきれない。
ちなみにこの土佐清水港は郵便局・スーパー・コインランドリー・風呂屋・ガソリンスタンドの5点セット(九里流)が揃った非常に便利な港でした!
港に入る時は目一杯、真剣で謙虚でなけりゃダメだということが分かった。
そうすれば必ず応援してくれる人が出てくる。
この航海で勉強になったなと感じたのは、ヨットの操船テクニックもあるけど、
相手を思いやる心、相手の立場に立つことの大切さを痛感した。現役時代、商売ではよく使っていた言葉だけど。
「港を汚さない」とか
「ゴミはキレイに出す」とか
「人に迷惑をかけない」とかをいつも意識して行動すると必ず分かってくれる人がいる。
ヨットに
‘あうん’とネーミングしたのは正解だったと思う。海を愛する人達は
言葉がなくても気持ちが伝わることを実感しました。
海や南の景色も最高だったけど、この
沖縄クルーズで僕の心に何時までも残ったのは素敵な景色ではなく、人の心だった。
計画段階の夢がそのまま実現できた。人生で何度も経験出来ないね。
*沖縄クルージングの詳しい模様を知りたい人は僕のブログ「
あうんの日記」を覗いて見てください。
続きを読む⇒ヨット以外の趣味あれこれ、「あうん」の予算、これから・・・・