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吉原朋正さん モトクロスと錦鯉(ニシキゴイ)最高!の田舎暮らし - 趣味遊遊

吉原朋正さん(よしわら ともまさ)プロフィール
よしわらともまさ昭和29年(1954)千葉県千葉市生まれ。
中学のころよりモトクロスにあこがれ高校入学ととともにプロライダーを目指す。16歳で高校生ライダーとしてデビュー、21歳で国際A級昇格。
ヤマハ発動機に入社後は、社員ライダーとしてマシンのテストや開発にもたずさわる。85年Aランキング8位、86年ランキング15位。
現在、千葉市若葉区のオフロードバイク専門店「TOMOレーシングサービス」の代表取締役を務めつつ毎月、日本各地のレースに駆けつけたりお客さんとツーリングに出かけたりと忙しい日々を送る。
趣味は自宅に自作した池の鯉の飼育&鑑賞。

TOMOレーシングサービス(Webサイト) 千葉市若葉区川井町116-2TEL 043-228-4508







モトクロスの目覚め~A級昇格

趣味っていわれてもね。僕は単にバイク屋のオヤジで鯉が大好きで家の池にいっぱい飼ってる人間で、特別なことをやっているわけじゃないんだけど。
子供のころからバイクが好きで、ついでに鯉も好きってだけなんだけど、いいのかな。
鯉は飼ってるよ。というより家の周りに自分で作った池がたくさんあるのよ、小さいイケスとか入れりゃ10個以上あるかな、今も新しいのを作ってる。
数?そんなもの数えたことなんかないよ、だって小さな稚魚や幼魚まで入れれば何千匹になるからね。
別に商売してるわけじゃないよ、好きなんだよ、まあこの話はあとで・・・ゆっくりしよう。

サラリーマンだったこともあるよ、30才くらいまでかな。ヤマハ発動機で主にオフロードバイクの開発などをやっていて、
つまりエンジニアっていうかメカニックかな、バイク組みたてたり、調整もしたよ。でも国際A級(ライダー)のライセンスも持ってたから、ライダーも兼ねてた訳。
当時から、(メカニックとライダーの)2足のわらじを履いている人はあまりいなかったね。だからサラリーマンといっても特体生みたいな感じかな。


バイクのきっかけは・・・・まあ、中学生のときに家を飛び出しちゃったんだ。
つまりレースやりたくてね、東京行っちゃったんです。15~6歳の時くらい・・・それで高校卒業するまで東京にいた。
今思うと、僕が次男だったことも影響しているかもね、何か自立しなきゃいかん、みたいな思いがあって。それで中学時代だけど当時、学校と家の間の通学路にヤマハの「トレールランド」というモトクロス場があったんだよ、今はもうないけどね。で毎日通学するときにそこでモトクロスの練習する人を眺めていた。
そりゃ影響受けるよ。だってオートバイが空飛んでるんだよ(笑)

それで「すげーな、何か面白そうだな」と思ってバイク雑誌買って。そしたら「ライダーで食える、サラリーマンの3倍稼げる」みたいなこと書いてあるわけよ。
実はその記事は忠(ちゅう)さんの記事だったんだけど(笑) 忠さんってSP忠男ね、有名な。で「よっしゃ!これになるべ」と思っちゃったんだな。
*SP忠男;鈴木忠男、日本のモーターサイクル史に欠かせない人物。ヤマハモトクロスチームのファクトリーライダー。
  『SP忠男レーシング』のチーム監督。中野真矢、小山知良、塩森俊修など数々のトップライダーを輩出している。



▲ヤマハのステッカー
当時はね千葉にもバイク通勤OKの高校があったのね。で4つ上に兄貴がいるんだけど、免許を持っていてバイクで学校に通ってた。僕はその兄貴のバイクを借りて(あまり大きな声では言えませんが)まあ・・・無免でね、いない間に借りてたわけ。乗り回してた、だって乗りたいじゃん。
でも昔は本当におおらかでね、駐在さんも知ってるけど「気をつけて乗れよ」とかさ、そんな感じだったな。

その後、高校入ってからは自分でバイトしてさ、24回月賦で、最初のバイクはヤマハのAT-1(125cc)
その時ちょうど兄貴が就職でオートバイいらなくなったっていうので、即売って頭金(笑) まあ兄貴の多大なる協力もあり、ってね。
でも思い出すと当時の男の子ってほとんど高校入ると「まず免許を取ろう、バイクを買おう」だったよ。70年前後くらいかな。

高校時代はバイクに明け暮れ、高校卒業でヤマハ発動機に入社(1973年)した。会社ではバイクの開発とか、走行実験とかね。でその頃にA級取って、全日本モトクロスに参戦してた。
基本的にはオフロード(未舗装道路走行用バイク)だよ。だけどオフのエンジンを使ってSR500(オンロード)を作ったり、XT-500とかYZのレーサーの開発とか。
*ヤマハXT-500;1976年発売。オフ車、製造終了。SR500;1978年発売。現在でもロングセラーのSR400(俗に単コロ)の兄弟。2000年に生産終了。


▲モトクロス大会の数々のトロフィー
A級のライダーって何?という人もいるので、ちょっと説明。まず4段階あるんだよ。上からA級、B級、ジュニア、ノービス(初心者)。
ノービスは免許証があって申請すればくれる物だから、でこれで成績を上げて点数を取る、つまり実戦でヨーイドンをやって昇格していくんだ。
6位以内に入って○○ポイント獲得、とかね。でA級とは何かというと、国際A級~つまり世界でレースをする資格がもらえるんです。これがないと海外レースは出場できない。
だからB級で(何万人もいるんだよ)年間5番以内に入って、ようやくA級に上がれる。結構大変でしょ?
初めにバイク雑誌読んで憧れてた頃はA級ライダーってまだ日本に16人位しかいなかった。今は150人位かな?A級のライダーになるとゼッケンが赤になるんだ。

1つ参考に云うと、オフはオフの国際A級、オンロードは別カテゴリーで国際A級ライセンスがあるんだ。
だから例えばロードのA級がモトクロスに来てA級で走れるかというと絶対にムリ。それはわかりますよね、飛んだりはねたりするから。
その反対、つまりオフのA級がロードのA級にきて走るなら結構大丈夫。


あとこれは気づきにくいんだけど、ロード専門の人は砂利道や坂はイヤでしょう。ロードは皆が走るところがキレイになって行くんだけど、モトクロスの場合は例えばコースを走る場合、極端に言えば皆が走れば道路がどんどん変わって行くんだ。障害物とか、道が削れたり掘られたりするから。
だから反射神経が非常に大切だよ。

もうわかると思うけど、オフロードバイクには
①ツーリングの世界 と ②レースの世界 の2つがあるんだよ。
若いころは、刺激的なレースの世界に身を置いていたというわけ。

続きを読む⇒コイにはまって・・・奥の深い錦鯉の世界

 
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