生い立ち~レオナルド・ダ・ヴィンチに始まる、
革命的楽器「ガイゲンヴェルク」
産まれは1946年。東京の大田区です、3歳で文京区に移りました。父親は広告代理店をやっていて全然音楽には関係ありません。
母親の方が長唄の名取だったのでお弟子さんにお稽古つけたりね。で実は母親は小さい頃にバイオリンもやってて、そんなところから
僕にもバイオリン習わせて・・・・・でも僕の意思じゃなくて、気がついたらやらされてたといったところです(笑)
それが小学校に入る頃かな、クラスに2人いたかな、バイオリンやってたのが。あのケース持って歩くのがすごい恥ずかしかったのは覚えています。
男のくせに・・・みたいな。
僕は11歳上に姉、9歳上に兄がいるのですが、年が離れてるもので兄弟一緒に遊んだ記憶が全くない。
だからでもないけど小さい頃は大体外に出て道端で遊びまわっていましたね。その街の子供たち・・・男ばっかりだけど、外に出てくといるんですよ大体。
覚えてるのはね「水雷艦長(すいらいかんちょう)」って遊び。知らない?人間ジャンケンみたいな、水兵と魚雷と軍艦で。鬼ごっこやってて、タッチすると一回死ぬ。
あとは缶けりとか、案山子を地面に書いて鎖投げて飛んでって・・・・何ていうんだっけ、すごろくみたいな・・・忘れました。
街中ですから、山とか川はないんです。だから草っぱらとかで皆で遊ぶんです。当時は
防空壕が残ってたからそこを探検したりとか。

▲ガイゲンヴェルク
でもバイオリンは結局、中学の半ばくらいで中断することになります。いやでもなかったんですが、習っていた先生が帰郷したりで。
音楽が特に好きって感じではなかったんですよ。あまり興味を示してなかった。だから大学オケで復活するまで、しばらくブランクがあるんです。
高校時代はバレーボールとかもやってたし。バレーボールとバイオリンは両立しませんしね。
その後は大学時代に入って、音楽が復活。バロック音楽への傾倒から古楽器復元への流れは既に触れた通りです。
さていよいよ革命的楽器である
「ガイゲンヴェルク」のお話に行きたいのですが・・・

▲ガイゲンヴェルク、手回しハンドル
この楽器の源はレオナルド・ダ・ヴィンチが15世紀の終わりに「ヴィオラ・オルガニスタ」という名前でスケッチを残している所から始まります。
ダヴィンチはさまざまな分野の研究成果を隠れて描いてたんですよ、当時ローマ教会にばれたら大変な内容も含まれていましたから。
ただし、絵だけで彼は実物を作らなかったので500年の間、90人位の人がいろんなガイゲンヴェルクを作ってる訳です。
間違っちゃいけないのは、そのダヴィンチのスケッチはそもそも誰かに見せるためでなく、むしろこっそり書いていたので大分後になって発見されるわけです。

▲ガイゲンヴェルク
例えばニュルンベルクのハンス・ハイデンが1575年に製作したガイゲンヴェルク(23台作ってますが)はダヴィンチのスケッチは見ていないと言って間違いは無いと思います。
ヨーロッパ中の皇室に献呈したり売ったりしました、記録には1台目は何処行って、2台目は何処行って・・・となってますが、残念ながら現在は1台も残ってません。
まあそれを真似して作ったんじゃないかと言われてる楽器が1台だけブリュッセルに残ってます。
何故
「ガイゲンヴェルク」が革新的なのか、何で誰も見向きもしないような楽器にこだわっているのか。これも少し専門的になりますが大切なポイントなので・・・
それは「ガイゲンヴェルク」が外見は鍵盤楽器なのに中身は旋律楽器(バイオリン)だという事です。
では何故その事が革新的なのか?それを理解するには次のことを知っておく必要があります。
①<鍵盤楽器は音の初め(と終わり)以外は奏者がコントロール出来ない>
さてピアノ(鍵盤楽器)を思い浮かべてください。ピアノは叩く瞬間は演奏家が決めるものです。でも叩いた後は関われない。
わかりますか?チェンバロも同じです。弾いた後は演奏家は何も出来ない。オルガンは押している間は鳴っています。
でも押してる最中に何か変化をつけようとしても音に変化はつかない、つけられないのです。これが1つ。
②<鍵盤楽器は音程を奏者がコントロール出来ない>
次は演奏家が音程を作らないのが鍵盤楽器だという事です。
鍵盤楽器以外の旋律楽器では音符に書けない半音の間の音程の揺らぎが大事な表現手段です。
鍵盤楽器はあらかじめ与えられたディスクリートな(固定した)音程以外は存在しないのです。
③<鍵盤楽器に特有の調律の問題>
さて次に調律の問題です。これもピアノがイメージしやすいでしょう。ややこしい話ですが・・・
モダンピアノでは今、ほとんど平均律という調律法が採用されています。例えば・・・<ド>と<ソ>は周波数的に1:1.5の関係にあります。
だからぴったり「混じる」のです。ですが、平均律の調律法は1:1.5ではなく、1:1.498と少し狭いのです。
何でそうなのと言われるでしょうが、そうなっているのです。とにかく
どうやってもすべての和音が純粋に単純な整数比になるようにすると調律出来ないんです。
だから少しずつあちこち押したり引いたりして、矛盾だらけの上に成立しているのがすべての調律法なのです。
さて以上が鍵盤楽器の問題です。さてここまで来て旋律楽器を考えてください。
例えば管楽器なら音程を口(息)で加減出来ますよね。あるいはバイオリンだって指の加減で音程の操作が出来ます。音が出た後でも音色が付けられます。
だけど鍵盤は出来ない、
鍵盤楽器は奏者が音程や音が出た後のニュアンスを操作できない特殊な楽器なのだと理解してください。鍵盤楽器は不自由なのです。
本来は
<ド>と
<レ>の間は無数の音があるし、演奏者の意志が介入出来るのです。ビブラートのイメージでわかりますか?
でも・・・・・欠点ばっかり言っても不公平ですから、鍵盤楽器の良いところを挙げると、例えばシンフォニーなどの複雑な音楽でも両手で(ひとりで)演奏出来る
という部分はあります。これは他の楽器では真似出来ない。
つまり「ガイゲンヴェルク」の狙いとしては、鍵盤楽器の良い所(複雑な音楽がひとりで演奏可能)を残しつつ、他の旋律楽器が出来る音楽的表現が出来る、
そういう素質がある楽器としてこの楽器を捉えて行こうと、まあそういう訳です。
「ガイゲンヴェルク」で、音程を奏者がコントロールするのは、簡単に言うと
バイオリンの弦を張って弦が弓で擦られるところに回転弓を配置、鍵盤によって弦を回転している弓に接触させます。ですから鍵盤を押す指の力(圧力)や円盤の回転速度によって音程や強弱の操作が可能という訳です。
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