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小峰和子さん 世界に広げたい、曼荼羅(マンダラ)美術館 - 趣味遊遊

小峰和子さん(こみね かずこ)プロフィール
昭和18年(1943年) 埼玉県本庄市生まれ。仏画家。夫は仏教学者の小峰彌彦氏(現在大正大学学長)
1981年より現代仏画の第一人者染川英輔画伯に師事し、助手を務める。
現在、東京練馬の慈雲山観蔵院併設の曼荼羅美術館館長、大正大学オープンカレッジ講師、読売カルチャー錦糸町講師、寶蓮寺(亀戸) 仏画教室主幹。
1998年 河口慧海の足跡を訪ねて単身ネパール・ムスタンへスケッチ旅行。
1999年からはNGO活動としてネパールの小学校で子供たちの支援活動などを行う。
2005年 日本・EU市民交流年記念事業(外務省・文化庁後援)に、日本文化の紹介(仏画)と撮影班として、ドイツ、ポーランド、チェコ、イギリス訪問・インド領TAWANへ国賓として日本人初訪問。
著作に『大人のぬりえ塾・百人一首画帖1・2』(美術出版社)、『仏教イラスト集』(共著、北辰堂)・『十三仏の描き方と鑑賞』、大正大学出版会・『日本文化のかたち百科』(仏画の色、いろいろ)担当 丸善株式会社・他多数

曼荼羅美術館
〒177-0035 東京都練馬区南田中4-15-24 TEL 03-3996-6911 FAX 03-3996-6878














チベット、ネパール旅行のお話・曼荼羅とは?


▲カリガンダギ(ネパール)小峰和子画
曼荼羅のお話をしなくちゃと思いますが、その前に実はこの7月末から8月7日までチベット・ネパールにでかけていて、帰ってきたばかりなんです。
ちょっとそのお話からしましょうか。私はほぼ毎年NGO活動とヒマラヤの風景をスケッチするためにネパールへ行きます。

首都カトマンドゥまでのアクセスは、バンコク経由だったりインド経由だったりいろいろですが、去年の7月に青蔵鉄道が北京からラサ(チベット自治区の首府)まで開通したので、どうしても乗りたいと思い念願かなって乗ってきたんです。


   ▲ジョムソン街道のお宿のご主人と(ネパール)

▲カリガンダギ・塩の道(ネパール)

今回の旅行の第一目的は、ラサでポタラ宮を描きたかったことです。北京から天空をいくような列車が開通したというので、まずラサにいってそこからポタラ宮までということでいったのですが、とにかく人が多いの。ポタラ宮は個人では入れないので、外でスケッチをしました。

*ポタラ宮;チベットの象徴でダライ・ラマの暮らした宮殿。極彩色の曼陀羅や壁画が内部を彩り、20万体を超える仏像、金銀の仏具、宝物が収蔵されている。

私はそういう時はだいたいひとり旅です。絵を描きたい時って周りの人は邪魔なんです・・・食事のときは涙がでるほどさみしいんですけどね(笑)

現地で絵を描いていると、珍しいもんだからなのか黒山の人だかりになっちゃうんです。それはちょっと困るので最近はある程度描いたらあとで写真を見たりとか工夫しています。
ラサも今では観光客が一杯です。世界遺産に登録されたジョカンのバルコルは、歩くのにも苦労するくらいの人・人・人・・・。巡礼者に観光客、お土産やさんも沢山!
実はラサではちょっといいホテルに泊まったんです。というのは高山病になった時に薬とかセキュリティの面で安全を考えてなんですが。
とはいっても1泊50ドル、6000円くらいでプールも付いていました。

ラサにいる間はほとんど高山病でボーッとしていました。気圧が低いので、ポテトチップスとかパンパンにふくれちゃう。
乾燥してるから1日2リットル以上お水を飲まなくてはいけないんです。頭痛の元は脱水症状(血液がどろどろになってしまう)ですから、梅干や岩塩をなめたりして水分をガーッと採るんです。


これがポタラ宮です。水彩画です。絵具はイギリス製のものがお気に入り。
ポタラ宮へは昼と夜、両方行きましたが前に噴水のある大きな広場があって民族衣装の人たちでいっぱいでした。夜はラデツキー行進曲がガンガン鳴っていました。

パリのシャンゼリゼ通りもノースリーブの人から毛皮のコートの人まで、いろんな国の人でごった返していました。ポタラ宮も全然雰囲気は違うけど、言葉も服装もバラエティーに富んでいて不思議な空間でしたね。どこの国から来たかで気温の感じ方が違うのでしょうね。

そして、いよいよネパールに入ります。本当は、ラサからカトマンドゥまではランドクルーザーで途中のいくつかの村の学校を見ていきたいと思っていたのですが、なにしろ高山病に近い症状なので階段を上ってもハアハア。これではだめだと飛行機にしました。
ふと外をみると雲の上に8000メートル級のヒマラヤの山々のピークが見えて・・・とおもったらもう着陸態勢。1時間20分のフライトです。

初めてネパールに行ったのは1998年2月です。河口彗海の辿った道を自分でも歩いてみたいと思って。
そういう影響で、チベットに興味が湧いたためという事が大きかったんです。それに体調が悪くて、ひょっとしたらガン・・と考えた末、そうだこのまま好きなこともしないで入院生活なってまっぴらごめん。
死んだっていいから短い間にしたいことをしよう・・・いや、させていただきましょうと思って、主人がお世話になっている雑誌「大法輪閣」の編集長の本間康一郎様に山登りに連れていってくださるようお願いしました。普通なら病院へ行くんですけどね(笑)

その後、本間さんから、河口彗海がネパールで言葉を覚えるときに住んでいたムクチナート~トゥクチェ村~アンナプルナ~ポカラまでの山行記をいただきました。それを読んだらこの通りなら私もいける・・・と思ったのがネパールとのご縁の始まりでした。

*河口彗海:1901年、日本人として始めてラサに入った修行僧で探検家。日本にチベット大蔵経典をもたらした。著書に「チベット旅行記」・"Three Years in Tibet"(『西藏旅行記』の本人による英訳書)は海外でも話題になった。

もともと山歩きが大好きだったので、月2回小さい山から大きい山まで・・・、ついにはヘルメット・カラビナ・ハーネスまで揃えて、命づなをつけて岩登り、沢登り、滝壺を泳いでそのまま滝登り・・と、破れかぶれ。そのうち具合の悪いのも飛んで行ってしまって。
それがネパール行きのきっかけです。私の旅の目的はひとつのテーマを決めて絵を描きたいということで、それには私の仏画の師匠である染川英輔先生の影響も大きいですね。


        ▲岩登り

▲沢登り

曼荼羅とは、サンスクリット語の「mandala」に漢字を当てた音写語で「本質を有するもの」と言う意味です。
密教ではそれを「仏様の教えの真理を表現した絵画」として表しました。
「大勢の仏や菩薩を教理に従い人格化して表現した絵」という事になると思います。
「宇宙の森羅万象の理を具現化した図絵」とも言えるでしょう。
曼荼羅について詳しく知りたい方は、大宝輪閣から小峰彌彦著『曼荼羅の見方』が出ております。


▲ロク・チトラカール 画

日本の仏画の第一人者である私の師匠の染川英輔画伯は、芸大を首席で卒業され、作品はお買い上げになっております。著書である「曼荼羅図典」(大宝輪閣刊)は仏画や写仏をなさる方々には必須の本です。ちょっとお高いですけど(定価;18,350円)それだけの価値は充分あります。もう8版を重ねていますよ。
曼荼羅の完成に合わせて彩色も出ております。いずれもすばらしい本です。海外にも紹介されています。
曼荼羅とは何かという解説はもとより、先生のデッサン力や素描の緻密さなど曼荼羅の百科事典といってもいいでしょう。
漢文で書かれた経典を仏教学者が4人で翻訳し、それに基づいて髪の毛の形や印、持っているものなどを忠実に描いています。
その緻密なデッサンをもとに、曼荼羅美術館で展示されている曼荼羅が描かれたのです。
曼荼羅とか密教とかに興味がある方は是非チェックしてみてください。

染川先生の助手になったのは1981年くらいからです。当時は先生の代表作である「金剛界曼荼羅」の制作中でした。
この大きさと緻密さで制作期間が18年かかりました。(210m×230m)最初は3年で仕上げてくださいとお願いしたのですが。
その後2001年には「胎蔵曼荼羅」が完成しました。この2つは現在、観蔵院併設曼荼羅美術館でご覧になれます。


▲観蔵院併設曼荼羅美術館

現在私は昼間は寺庭としての仕事、仏画の指導、曼荼羅美術館の館長の仕事等があるので、仏画を描くのは夜の10時過ぎです。山登りのお蔭でしょうか全然疲れません。
観蔵院仏画教室の事をちょっとお話しましょうか。ここの教室では、先生の厳しいご指導のもと(本当にきびしい)皆さんとても熱心に取り組んでいらっしゃいます。大きな仏画や曼荼羅を描くには長い時間腹ばいになり、絵の上に屈み込んで描かねばならず

かなり忍耐も必要です。完成まで何年もかかることさえあります。それでも仏様を完成していくある種の達成感のようなものでしょうか。
飽きるとかそういう事はありません。描くことそのものが「行」とでも言うか、描いているとホッとするのです。
染川先生は曼荼羅を描いているその時の苦しい大変な心境、しかしそれもいつか悟りにつながる心境(これは私の勝手な想像です。)を「画禅」と称されました。

生徒さんの中には、心に悲しみを抱いている方もいますが、仏画を描くことが心の癒しになっているところがあるような気がします。


さて、仏画ですが絵具は様々です。水干絵具(牡蠣の殻を科学染料で染めた物)、岩絵具(瑠璃、辰砂、孔雀石等の岩石を砕いた物)、黄土、朱土、金銀泥、金箔も使います。
また岩絵の具は普通は混色出来ないので、濃くしたい時はフライパンで焼きます。これらを膠(にかわ)で溶いて使います。
このような描き方は、1300年前から伝わる日本の伝統的な技法です。白描、彩色、 截金、隈取り、暈繝彩色などと言う専門用語があります。

続きを読む⇒仏画あれこれ、染川画伯の教え

 
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