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村田輝雄さん サロマ湖100キロマラソンの道 - 趣味遊遊

村田輝雄さん(むらた てるお)プロフィール
昭和22年(1947)、神奈川県横浜市生まれ。
両親のあとを継ぎ農家を経営
横浜市都筑区で主にほうれん草、小松菜をメインに農業経営のかたわら
JA関連の仕事、マラソン、野菜の品種改良などに忙しい毎日

都会に広がる農地!昔はトマト、今は軟弱野菜とか

ここでちょっと私の仕事である農業の話をしたいと思います。
私は親の代から農業ですが、元々はトマトなんかがメインでした。
しかし時代は変わるというか昭和50年代くらいから、大型産地が次々出来て流通網は整備されてきます。
栃木や茨城、岩手といったところで、大量に作って都会に運んでくるようになったわけです。
私のところは横浜の都筑区で、大量消費地東京に近いのですが、地元・地場の野菜・果物がいいといってもそういう時代は過ぎてしまったのです。

地方の産地からどんどん入ってくるし、それじゃあ太刀打ちできないから52~3年位から軟弱野菜といわれるほうれん草や小松菜などをこの辺でもやるようになったんです。

ご存知ですか?
昔は小松菜の生産は東京の江戸川だったのですが、今や小松菜の生産量は横浜市都筑区が全国一位なんですよ。
都筑区というとおしゃれな田園都市線と横浜市営地下鉄の通る港北ニュータウンの振興住宅地のイメージですが、実は横浜市から補助金も出ている農業地区でもあるんです。

120ヘクタールってわかりますか?
1ヘクタールが3000坪、大きなゴルフ練習場位のイメージでしょうか?その120倍の農地です。
住宅地のすぐ隣が農地で、その隣にテクノポリスというハイテク工場地帯が広がっています。

農地では、今は花をやっている人もいるし、軟弱野菜も水耕栽培、水菜とかもいるし、イチゴとかもいるし様々です。
イチゴとかは美味しいんですよ。他の産地は市場から遠いので、まだピンクのうちに収穫して市場に出すのですが、この辺は完熟ですから。今やイチゴ狩りなんて盛んですよ。

横浜氏都筑区の以外な一面

横浜市都筑区って確かに住宅地のイメージを持たれる方が多いようですが、平成6年に分区されたんです。(港北区と緑区の再編)
当時の人口は10万人ちょっと、13年経った現在18万人、横浜市内では平均年齢も最も若く(37.1歳)、ですから結構発展していると思います。
港北ニュータウンという住宅地のイメージ、それと農業地域の側面、それと鶴見川沿いにはテクノゾーンというかハイテク企業も結構あるんです。
4月にはららぽーともOPEN。ここに地場の軟弱野菜やトマトなどを販売できるところも出来ました。
都築区のキャッチフレーズって「田園都市より住みたい街」だっけな、区役所みたいな宣伝してどうすんだ?(笑)
その代わり住民の人が若いせいか、入れ替わりが多いという面もありますが・・・

都会の農家の変革で趣味の時間ができた!

えっと農業の話にもどります。
この当たりでは、広いところで6000坪くらいでやっている人も居るし、結構若い人もいますよ。
さっきの軟弱野菜だと「軟弱野菜研究会」とかもあるんです。
今メンバーは17人くらいかな。30~60代まで様々な人がいますが要は皆様に買ってもらえる見た目柔らかい野菜を作るのにはどうするとか、見た目色が黒いからいい、とか・・・
例えば小松菜でも色が黄緑のチンゲン菜系と黒いターサイ系とあったり、いろいろです。
消費者の好みに合わせて、品種改良をしたりと頑張ってますよ。

昔なら農家は暗いというか、働きづめみたいなイメージです。
それこそ牛や馬を使って畑を耕していましたが、機械も出来て品種改良もバンバン進んでいます。
農業の変革期ですね。昭和38年位から耕運機とかオート三輪とかが出てきた。
おかげで、余裕が出来たんです。
農作業はきちんとやっても、その合間には好きなことをやる事が可能になった。
ボウリング場なんかも一杯出来たし、私も当時は同好会とか作ってたな。
つまりただ農業だけじゃない、メリハリが出来たといってもいい。
昼間は切磋琢磨して仕事する、品評会にも積極的に参加したり。
でも、それだけじゃなく、走る仲間がいれば、集まって一緒に走るとかも可能になったんです。

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